ニットというと編み物のことですが、世の中意外と色んなものが編み物で出来ています。
セーターやカーディガンはもちろん、Tシャツやスウェットなどの生地、靴下やストッキングなんかも編み物です。
ぬいぐるみもニット生地で出来ている物が多いですし、実は自動車のシートやスーツケースの表面などにもニットの生地が使われています。
それらの中から今回はセーターやシャツなど衣類に使われるニット糸についてお話したいと思います。
ニット糸の物性的な問題として斜行というものがあります。「斜めに行く」とかいて斜行なので字面から凡そイメージできるかもしれませんが、これは製品の歪みのことを意味しています。
購入したTシャツやセーターが一度洗濯したら歪んでしまったというご経験はないでしょうか。両脇の縫い目が斜めになってしまったり、Vネックの衿が左右対称じゃなくなってしまったり。
これはニットを編んでいる糸のトルク(回転する力)に起因しています。
フィラメントといわれる合成繊維や正絹糸などを除くと、ほとんどの紡績糸には撚りがかかっています。撚りというのは糸に捻りを加えることで捻った分だけそれに反発しようとする力が発生してこれがトルクとなります。
プロペラ紙飛行機のプロペラが回転するのと同じ原理なんですが、この例えでは分かりにくいでしょうか。。。
洗うと変形してしまう衣類にはこのトルクが影響しています。
糸が編まれて生地になって裁断縫製されて製品になるまでの間、見かけ上糸のトルクは止まっていて、洗濯時に水分を吸収した時に初めて復活してくるという厄介な特性があります。
この特性のため製品が出荷されてお客様が購入され、場合によっては一日着用して洗濯するまでは形を保っていられるわけです。
しかし、一度洗濯するとそのトルクは復活し衣類は型崩れします。残念ながら、トルクによって型崩れした衣類はもう元には戻りません。
ではどうやってこれを防ぐのかというと、トルクを持った糸を2本以上合わせて反発する力が無くなるまで逆方向に撚糸してあげればよいのです。
時計回りに撚りがかかった糸があるとします。この糸は反発して反時計回りに回転しようとします。この回転はあくまでも反発によって起きているので元の撚りと同じだけ逆に回転すれば止まります。
けれども、一本の糸の場合撚りを戻してしまったら糸は解けてワタに戻ってしまいます。
そうならないように、糸をもう一本持ってきて2本合わせて反時計回りに捻っていけば糸は解けることなく絡み合い、ある時点で反発する力は失われて糸が安定します。
2本合わせて撚糸した糸を双糸(そうし)と呼び、3本になると三子(みこ)となります。反発トルクが止まった状態に撚糸することをバランス撚りと呼び、このバランス撚りの双糸や三子を用いることで洗っても型崩れしにくいニット製品を作ることが出来るのです。
つまり糸の撚りのバランスを合わせることがニット製品の斜行を止めることを意味しています。
撚りのバランスを合わせるとシンプルに言いましたが、この作業が実は非常に難しいです。
なぜなら、それぞれの糸はコットンやウールなど別々の素材から作られていて、それらのブレンドされたものも有り、それぞれが素材ごとに異なる紡績方法で糸になっていて、糸の撚りバランスが合う条件はそれら全てで異なっているからです。
また糸には様々な番手(太さ)もあり、撚糸する前の糸が持っているトルクも甘撚り糸や強撚糸など千差万別です。
そして更に複雑なことに、コットンにウールを撚糸したり、レーヨンに麻を撚糸したりと組み合わせも多岐にわたります。
色が濃色であったり単色であったりしても撚りバランスの合うトルクは異なってきます。
ではどうやってそれらをコントロールしていくのかというと、根気強く試験していくほかに方法はありません。
少量の糸を撚り合わせて少し編んでみて水洗いして乾かす。もし撚りを入れすぎていたら少し減らして再び同じ試験を繰り返す。調整した結果、編地が逆方向に曲がってしまったらまた少し調整する。
そうやって正しい答えを見つけたらそのデータを保存して次回同じものを作るときはその数値を元に作成する。
けれども毎回同じデータで撚りバランスが合うわけではなく、生産月や生産ロット、生産工場や工場内の機台番号の違いなどによって微調整をしていく必要があります。
当社では、たった100gのサンプルを作るときにも100kgでも1,000kgでも全て同じ試験を繰り返して撚りバランスが合う撚り回数を割り出してから糸を作ります。
そのために社内に撚糸機と試験用の編み機を備えていて、毎日数点から数十点の試験を繰り返しています。
時々お客様に「どうやって商品の斜行を止めてるんですか?」というような質問を受けることがありますが、その答えは「ひたすら根気強く試験を繰り返すこと」に尽きるわけです。