糸屋をやっていると繊維産業やアパレル産業に携わる様々な職業の方々と話す機会があります。
紡績や染色工場の開発部門や工場勤務や営業職、撚糸工場の職人さん、ニットメーカーの現場の技術者や営業職や管理職の方々。
糸を巻く紙管メーカーの方や糸につけるワックスメーカーの方もそうです。
そしてアパレル企業のデザイナーさんや営業職、生産管理、マーチャンダイザーなどの方々とも頻繁に話します。
大抵の場合これら全ての方々がその道のプロなので、ご自身の専門分野については非常に深い知識を持っておられます。
しかし、皆さんが専門的であるがゆえに、いざ自分の守備範囲から少し離れた話になるといまいち会話がかみ合わないことがよくあります。
繊維産業の川上に位置する、たとえば紡績メーカーの技術職の方と話をしていて
「コットンとテンセルの混紡糸は作れますか?」
と聞くと、
「もちろん作れます」
という答え。
「ではどちらのワタもお持ちなんですね?」
と聞くと
「いえ持っていません、当社では全て練条混で合わせていますので基本はコーマスライバーで持っています」
となる。
「いやいや、もうそれはワタ持ってるってことでいいんですよ!」と突っ込みたいところですが、それでは彼らのものづくりに対するリスペクトが欠けてしまうので、そこはきっちりと話を深掘りして、その状態から紡績できる一番細い番手の話などに会話を広げていくことになります。
こんなのはまだまだ序の口で、もっと深い話になると「うちの使っているワックスはシリコン系だから効き目がよい」という糸巻き屋さんがいて、それに対して「シリコンと蝋は比重の違いが影響して混ぜることが出来ないからシリコン系ワックスという言葉はおかしい」というワックスメーカーさんもいる。
その人たちの間に入って、ではどうすればみんなが納得してかつ自社の糸に良い効果が出るワックスが開発できるのか?ということを取りまとめていくのはなかなか神経を使います。
おそらくこれはシリコンとシリコーンという2つの言葉を混用しているために起きている会話の齟齬だと思われます。
シリコンは珪素、シリコーンは珪素とその他の様々な物質を化合して作った多種多様な化合物の総称で、シリコーンの一部には蝋とブレンドすることが可能なものもあります。
こういった会話それぞれにとても専門的な情報が含まれていて、全ては糸作りに必要となる重要な知識なのでどれもないがしろにするわけにはいいきません。
とくに物理と化学の用語について、糸の試作段階で間違った言葉を使用すると期待したものとはかけ離れた結果につながったりするので注意が必要です。
これに対してアパレル企業の方々との会話にも色々と気をつけなければいけません。
先日も、とある商社のニット部門に在籍する営業職の方に対して
「これはリネンとスパンポリエステルを撚糸したものです」
と説明すると
「はいはいリネンエステル混ですね」
というリアクション。
「混(こん)」というのは我々としては原材料で混ぜたものを紡績した糸をイメージしますが、洋服の完成品に近いところで仕事をしている人の場合、2種類以上の素材が入っているものは普段から「~混」と呼んでいるケースもあるので、ここはあえてリネンエステル混というセリフはスルーして、「そうです、だからとても軽くてサラサラの手触りなんですよ」と話を進めていく。
アパレル企業の営業職の方から「この糸のセールスポイントを教えてください」という質問に対して、
「インド南部で栽培されるハイブリッドコットンの超長綿を複数混綿し、精紡交撚というシステムで紡績した均一性の高い糸を3本に撚糸しています。撚糸バランスを厳密にあわせることによって糸に安定性を与え、ふくらみのある風合いを長期間維持するように作っています。」
といったことを言ってもあまりよろしくありません。
なぜならば、彼らは自身の客先に対するアピールポイントが欲しいのです。
アパレル企業の客先といえばほぼ購買者なので、実際に購入し使っていただく方にとって魅力のあるセールストークが必要です。
「インド南部の限られた地域でしか採れない希少なコットンを贅沢に使用した、とても柔らかで肌に優しい素材です。」
くらいの感じにしておかないと最終顧客には伝わらないのではないかと思います。
ひとつの素材について原材料や紡績方法や染色方法など、糸作りに携わった人たちの込めた思いを言い出せばキリがありません。
これを出来るだけ沢山の方々にお伝えするのが自分の仕事ではないのかなとも思っています。
けれども、相手が必要とする以上に過度に情報を詰め込もうとすると、逆に商品の魅力が分かりにくくなってしまうこともあります。
このあたりのさじ加減は非常に難しく、自分でもいつも気にしているところです。
一概には言えませんが、
デザイナーさんと話すときは、この糸でどんなものを作ると可愛いものになるかという話に焦点を絞ります。
営業職の方と話をするときは、購入者の方に買ってよかったと感じてもらうためにはどんな情報が必要かを考えます。
品質管理の方と話をするときは、品質の安定性や取り扱い易さに対してどういった取り組みをしているか、技術的なことも含めて話します。
生産管理の方と話をするときは、商品の納期や在庫の有無、別注対応が可能かどうかなどの詳細な情報を伝えるように気をつけます。
管理職の方と話をするときは、自社の商品が相手の社業にどのように貢献できるか、時にはすこし風呂敷を広げたりしながら夢やビジョンを交えて話すようにしています。
自社の商品をプレゼンするに当たって、これらのことを状況に応じて適切に話そうと心がけているのですが、それでも気がついたらデザイナーさんに一生懸命物理の話をしている自分がいて、なかなか上手く状況判断で来ていないのが現実です。。。
人と話すって難しいなぁ、と思いますね。