国内の様々な産業分野で事業承継の問題が頻繁に取り上げられています。
事業承継とは簡単に言うと会社の経営を次世代の人間に引き継ぐことで、何が問題になっているかというと、引き継ぐ人間つまり後継者がいないということです。
会社の運営には大なり小なり資金が必要で、企業の多くは金融機関からの借入を運転資金として活用しています。
そして多くの場合会社の経営者がその借入の保証人となっていますので、会社を引き継ぐとなると後継者は保証人となってこの借入も引継ぐ必要が生じてくるわけです。
安定した利益を上げている会社であっても、今まではサラリーマン(という言葉はもはや死語になりつつあるんでしょうか?最近はあまり聞かなくなりましたね)として月給ベースで仕事をしていた人が、ある日突然何千万円もの借金の保証人になるというのはなかなか勇気がいることだと思います。
ましてやその会社が常に安定的に利益を上げているわけではなく、景気の動向に左右されて時には赤字を計上するときもあるとなると、会社を引き継ぐことに躊躇してしまうのは当然だと思います。
その他にも労働人口の高齢化など、色んな理由によって会社の事業承継が広い分野で大きな問題となっていて、行政やその外郭団体、金融機関などが事業承継というテーマについて頻繁にセミナーを開催していたりもします。
我々繊維の業界もご多分に漏れず深刻な後継者不足に喘いでおります。
繊維産業は売上が景況やファッショントレンドなどに左右されやすく不安定な上に、中国やその他アジア諸国から同じような商品が安価に供給されるために利益を上げにくく、簡単に言うと斜陽産業です。
バブル経済(という言葉ももはや死語ですね。)が崩壊して以降、リーマンショックや大災害などがあり、繊維に携わる多くの企業が廃業しました。
紡績、撚糸、染色、様々な加工場がなくなったのですが、その中でも繊維機械メーカーの廃業が最も著しく、それらの工場で使われている設備を新たに作成できる国内メーカーも数えるほどになってしまいました。
今ある設備をひたすらメンテナンスして使い続けるか、海外のメーカーに依頼して高額の輸送費や設置費を投じるしかないのが現状です。
しかし、ただでさえ儲かっていない繊維関連の加工場には海外から新規設備を導入するだけの企業体力も無く、実際は古い機械をコツコツと修理して使うことしか出来ません。
ここに事業承継の隠れた問題があります。
必要な設備が手に入らないのです。
かつて繊維産業が華やかなりし頃であれば撚糸機なども大量に製造されていたので、それに付随する様々な消耗品も大量に作られて在庫されていました。
しかし、その生産量が少なくなってくると各メーカーも在庫を抱えなくなり受注生産に切り替えていきます。
そうなると単価が上がってしまう。
備品や消耗品など機械設備のメンテナンスに関る部分の単価が上がると経営コストを圧迫するので、余計に儲からなくなるので廃業するところが増える。
客先である繊維関連企業が廃業していくと、当然ながらその設備を作るメーカーも廃業する。
まさに負のスパイラルですね。
たとえば数十年前のまだまだ繊維機械が大量生産されていた頃に1台当たり800万円程度で購入できた撚糸機を、今新たに作るとなるといくらになるのか試算してもらったことがあり、その時は4000万円程度必要と返答されました。
新規に作るとなると骨格となるフレームから細かなパーツ一つ一つ別注生産になるために、信じられないほど高額なコストが必要になってしまうわけです。
古い機械でいまでも稼動しているものは既に償却が済んでいるので、工場が廃業するときに場合によっては無償に近い、いわば二束三文の値段で入手することが出来ます。
けれどもそれに付随する部品や消耗品が手に入らない。
まだまだ業務が堅調な会社で仮に後継者がいて何とかその会社を引き継ごうと思っても、設備のメンテナンスが出来ないために、5年後10年後に機械設備が運用できないという見立ての為にやめざるを得ない、というようなケースも少なくないのです。
なんとか既製品で代用できるベアリングやモーターやインバータといったパーツであればまだまだメンテナンス可能です。
けれども繊維機械にしか使用されない独特のパーツも非常に多く、これらはもはや芸術作家に一点モノを依頼するに等しい価格でしか入手できないのです。
3Dプリンタなどの技術が発達し特殊な形状の部品が小ロットで作成可能な時代とはなりましたが、それでも価格の問題はついて回ります。
設備がメンテナンス出来ない。
これはある意味後継者不足よりも深刻な問題なのではないかと思います。