先日とあるアパレル企業の生産管理の方から、「御社のリネン糸にもっとふくらみが欲しいので撚りを甘くして欲しいのですが、出来ますか?」というお問い合わせを頂きました。
答えは明確で「出来ますが、それをやると製品が斜行します」ということになります。
実際にそうお答えしたところ、「以前別の糸屋さんにお願いしたときは、撚りを甘くする対応をしてもらったんですが。。。」という反応でした。
これはおそらく、その糸屋さんが斜行のことを無視して糸を作ったのではなくて、ウールの紡毛糸などでそういった対応をされたのだろうと思い、そのようにご説明した結果きちんと納得していただけました。
コットンやリネンと違ってウールはタンパク質をベースにした繊維で構成されているので、熱をかけると形態が安定します。
簡単に言うと、斜行するウールの糸でも高熱で処理すれば斜行を止められる場合があるということです。
しかしこれはコットンやリネンには使えないテクニックなのですよ、ということです。
さて、
前回の記事でも書いたとおり、このブログは業界関係の方々以外にも出来るだけ伝わるように書こうと思い至りましたので、今回はこのエピソードを噛み砕いてご説明したいと思います。
まず撚りを甘くするということはどういうことか。
これは白い糸とグレーの糸を撚り合わせた図です。
3本ともベースになる白とグレーの糸の太さは同じで、向かって左が甘撚りのイメージ、右が強撚(きょうねん)のイメージです。
白とグレーの糸に加えられたひねりの多さの違いによって、撚りが甘いとか強いとか言うわけです。
ちなみに、「甘い」の反対語は「辛い」か「苦い」、「強い」の反対語は「弱い」をすぐに思いつきますが、撚糸の世界では「甘い」の反対は「強い」になります。
基準が「甘い」・「厳しい」というような用法と同じ、ゆるいことを表す「甘い」のニュアンスですね。
撚りを強く入れると言うことは単位長さ当たりの撚り回数が多いと言うことで、たとえば1メートル当たり400回のひねりを加えた糸よりも、500回のひねりを加えた糸の方が撚りが強いということになります。
撚りを強くすると糸が締め付けられるので、糸の見かけの太さは細くなって手触りは硬くなり、逆に撚りを甘くすると糸に隙間が多くできて、見かけの糸の太さは太くなって手触りも柔らかくなります。
冒頭部分に書いた、糸にふくらみを出すと言うのはこのあたりの甘撚りの効果を期待してのことだと思います。
しかし、前回の記事にも書いた通り、糸の撚り回数を適切な数値にコントロールしないとニットの製品は斜行してしまいます。
仮に1メートル当たり400回撚糸すると斜行が止まる糸があるとして、この糸にふくらみを与えるために撚り回数を350回に落とすと撚糸のバランスが崩れて確実に斜行します。
ここでタンパク質云々のお話が出てきます。
天然繊維には主に植物性のものと動物性のものがあり、植物性繊維の代表選手が綿と麻、動物性繊維がウールとシルクになります。
このブログでたびたび述べている通り、当社の主力商品は綿と麻なので当社では主に植物性繊維を取り扱っているということになります。
この植物性繊維は熱に強く、高熱で処理してもあまり物性に変化が起きません。
しかし動物性繊維はタンパク質をベースとしているので熱の影響を大いに受けます。
生肉を焼くと焼肉になり、ストレートな髪の毛にパーマをあてるとウエーブがかかったボリュームのあるヘアースタイルに出来る。
基本的な理屈はそれと同じでウールの糸に熱をかけると糸の物性が変わり反発力を抑えることが出来るのです。
なので、撚りバランスが多少崩れる程度に甘く撚ったウールの糸であれば、熱を加えて髪の毛のごとくセットしてあげれば斜行を止めることができるのです。
ウールやカシミヤのような素材は元々柔らかくて保温性があるのに加えて、このように撚りを甘くして糸に隙間を作って空気の層を持たせて、より冬物に適した素材にアレンジすることが出来るのです。
そういった素材アレンジを過去に経験したことのある人が、撚りを甘くして糸にふくらみを出すことも出来るものだと思うことは無理もないことだと思います。
けれども残念ながら綿や麻素材にはこのテクニックは使えません。
もっと言うと、ウールやカシミヤなどは多少撚りのバランスが崩れていても熱をかけて補正することが出来ますが、コットンやリネンではそれが出来ないので、斜行しない糸を作るために撚糸バランスを厳密にあわせることが必要になってきます。
こんなマニアックな知識を保有しているお客様はそうそうおられるわけでもないので、お客様から糸アレンジのご要望があったときには、私たち糸屋が出来るだけ丁寧に出来ることと出来ないことをご説明していく必要があるわけです。
冒頭の短いエピソードを分解して詳しくご説明するとこんな内容になるわけですね。
このブログを出来るだけ分かり易くなるように心がけて書き続けることで、技術や素材特性の説明を今まで以上に上手にできるようになるのではないかと思っています。
ブログを書くのも修行の一環ということですね。