いよいよリネンの靴下を作り始めました!
当社の主力商品はリネンの潤紡糸なので、機械を設置したときからずっとリネン靴下を作りたいと思ってました。
けれどもリネンというのは非常に編みにくい糸です。
なので、一先ずコットン靴下を何型か作って機械が調子よく回るようになってからと様子を見ていました。
4月頃からボチボチコットンの靴下を作り始め、
編み機の不調な箇所を直しつつ、
不慣れな作業で針を折りまくりつつ、
最近ようやくすいすい動くようになってきたので満を持してのリネンです。
まずはレディースのアンクレットソックスを作り、その後メンズのハイカットを作ろうかなと考えてます。
靴下企画には残糸を使うことにしています。
残糸というのは何らかの事情で使わなくなったけど、品質自体には問題がない糸です。
今回ので言うと、お客さんのサンプル用に染めた糸があまったり、染色工場が廃業したため半端ロットが残ったりという事情で残糸になったものです。
こういう糸を使う企画は「サスティナビリティ」だ「エコ」だと謳うことが多いです。
しかし、実際は2~3キロ程度の糸を廃棄せずに済むだけなので、環境への貢献度なんてたかが知れてます。
なのでうちでサスティナビリティ云々を積極的に言わないようにしてます。
「その2~3キロを捨てないことが大事なんですよ!」
ということはよくよく理解しております。
「ものを大事に使う」
「無駄遣いをしない」
「簡単に捨てない」
こんなのは本来当たり前のことで、そういう意識は当社の中にしっかり浸透してます。
だから、いまさら特にサスティナだなんだと言わないだけです。
ものを大事にするという意味では古い機械を綺麗にメンテナンスしながら使うというのもやってます。
これもサスティナ云々言う人がいます。
けれどもそんな社会貢献どうこうじゃなくて、単純に楽しいんです。
油でどろどろになった古い機械を少しずつ磨いていくと、キラキラとした綺麗な金属面や焼付け塗装の表面が戻ってくる。
ボルトやナットがなくなっているところに新品のものをつけるだけでキリッと引き締まった印象になる。
動きが硬いところに新品の油を差すとスイスイ動くようになる。
そういう瞬間がどれも楽しい。
服やズボンはどろどろになります。
もちろん手や顔も汚れます。
でも単純なもので、手なんて一旦汚れたらあとは何も気にならないものです。
ホコリと油でコピコピに固まった汚れは指でごしごし引っかいて落とします。
そうやって綺麗になった機械を見るだけで満足感があるし、仕上がった機械は靴下を作る仕事をしてくれる。
ほんと言うことなしですよ。
機械をいじるときに服や手が汚れていく楽しさは、子供のころ公園で遊んだ感覚に似てます。
うちの3歳の長男は水溜りが大好きで、雨上がりの公園に出かけては靴や服をどろどろにして大はしゃぎします。
あの気持ちが自分のどこかに残ってるんでしょうね。
ちょっと悪ふざけをしてる感覚というか、悪ノリというか、そういうやんちゃな感覚です。
機械メンテの作業では最初こそ出来るだけ服を汚さないようにおとなしくやっています。
けど一旦服が汚れると何かおかしなスイッチが入ってしまい、
「せっかく汚れたし、このまま普段手がとどきにくいところも掃除してしまおう!」
となって、気がついたら頭のてっぺんから爪先までホコリと油まみれになってたりします。
そして汚れまくった自分の姿を鏡で見てると楽しくなる。
「おー!今日もがんばったなぁ」とも思うし「こんだけ服が汚れた分、機械はピカピカになったということやな」とも思う。
いい大人が全身どろどろに汚れながら夢中になって作業に没頭した結果、機械がピカピカになる。
手や服を汚しながら夢中になって泥団子を磨いた感覚に似てる気がします。
磨きに磨いた泥団子のあのツヤツヤピカピカ感。
子供心にめっちゃ興奮したアレです。
この感覚を大人になってから味わえるのが中古機械をメンテナンスする醍醐味だったりします。
これを「サスティナビリティですね!」と評価していただけることについては、「ありがとうございます!」と思います。
けれども、そんな高い意識でやってるんじゃなくて、楽しんでるだけなんです。
いうなれば、ただのおっさんの悪ノリですわ。(笑)