唐突ですが糸を購入されたことはありますでしょうか。
一般の方が糸を購入する時は大抵手芸店に行かれるか、インターネットで探されるのかと思います。
手芸店に置かれている糸を作っているのは誰かといえばもちろん紡績メーカー、撚糸工場、染色工場などの各加工場です。
けれども、それらの工場の人たちが完成品の糸まで全ての設計をするわけではありません。
紡績メーカーではワタを糸にするための設計をしますし、染色工場では糸をどうやって基準どおりに染めるか考えています。撚糸工場でも同じく指示された撚糸回数や糸の組み合わせで撚糸します。
では糸のデザインや設計は誰が行っているのかというと、手芸用品のメーカーや糸商と呼ばれる糸の販売を専業とする会社、もしくは当社のように糸の企画と製造を行っている糸メーカーなどがそれらの役割を担っています。
糸のデザイン・設計がどういう作業かをざっとご説明すると以下のようになります。
例えばとある糸メーカーの会議でウールの糸を作って販売することが決まったとします。会議の中で、冬はこのウール100%の糸を売り、春先にはこのウールとコットンを組み合わせた糸を売りたいという話も出るでしょう。今年は膨らみがあってボリュームのあるウールを新規開発して勝負しようというような意見が出るかもしれません。メランジカラーだけで企画しようとなったらトップ染めの糸を作ろうとなります。
ある程度方針が決まると、糸の販売会社の企画チームは自分たちが売りたい色や番手を決めて紡績メーカーに紡績を依頼します。
紡績メーカーから単糸が出来上がってきたら、次は双糸なのか三子なのかもっと多本撚りにするのかなどを決めて撚糸工場に撚糸依頼をします。
生地糸と呼ばれる生成りの糸が出来上がったらそれを染色工場に送り込んで染めてもらいます。
コットンを組み合わせたいとなった時は、番手や混率を考えて最適なコットンを探し場合によっては紡績工場に新規作成を依頼して出来上がった糸を撚糸工場に送り込んでウールと撚糸します。
このように糸の基本的なスペックを決めて各工場に指示してオリジナルの糸を企画するのが糸の販売会社の担っているポジションになります。
糸の企画を行うためには様々なアイデアや知識が必要になります。世間ではどんな素材が流行っているのか、どんなカラーが売りやすいのか。各社持ち前のセンスを駆使しつつ、ファッショントレンドや客先の好む傾向などいろんなことを加味して糸は作られます。
しかし、糸はあくまでも工業製品なので各工程にまつわる技術的な知識も必要になります。
天然繊維の場合もとになる原料は主に農業によって産出されます。農業は天候や土壌条件によって収穫高が左右されるものなので、各地の気候や作付けの状況を知って、どの原料を仕入れるのか判断していかなければいけません。
収穫されたコットンのワタや羊の毛は紡績工程よって糸になります。ここでは工学的な知識や物理の知識が要求されます。例えば収穫された原料をベースにしてどの程度の撚糸を加えれば十分な強度になるのか、もしくはドライな風合にするためにはどの程度撚糸する必要があるのか、そのためにどのくらいのスピードで機械を運転するのが効率的かといったことを考えながら糸を設計する必要があります。
染色工程では主に物理と化学の知識が要求されます。コットンを染めるための染料とウールを染めるための染料は糸に色が染着するときの条件が全く違いますし、コットンとレーヨンは同じ染料を用いて染めますが、糸に色が浸透するスピードが全く異なります。
これらを最適にコントロールするには染色に必要な薬品とその薬品が最適に作用する条件を熟知している必要があります。染料が糸に付着するのが化学反応で、その最適条件を設定するのには温度や時間などの物理的な知識が必要です。
撚糸工場でも主に物理的な知識が必要になります。以前に書きましたが、糸の斜行を止めるためにはトルクのバランスを取る必要が有り、そのためには力学的な知識が必要になります。
これらの各工程については各工場に技術の責任者がいて専門的な知識を持っているので、糸の販売を主にしている企業ではその知識を保持している必要はありませんが、糸を設計する時にこれらの知識があれば撚り幅広い糸作りが出来るという利点があるので、当社では最低限度の物理や科学の知識を持つように日々勉強しています。
そういった日々の勉強を怠らずそれを商品に生かすこと常に考えてものをつくろうという思いから、ファッションのセンスや色彩感覚、流行に関する情報、物理や化学の知識などいろんな分野を研究しているので、新しく始めるブランドの名前を「東大阪繊維研究所」としたわけです。
余談ですが、そもそも糸番手や混率の計算は算数ですし、海外の工場や客先とのやり取りはほとんど英語で、商品の説明をしようとなると国語力が必要にもなるし、学校の勉強っていうのは社会に出たら役立つもんだなぁと改めて感じます。