Tシャツを作るに当たっては自分が今一番着たいものを作りたいという気持ちで作っております。
恐らくこの動機は小規模でアパレルを始める人にとって非常にありきたりなものだと思いますが、とても大事な要素だと思います。
ドラえもんのオープニングソングの歌い出し「こんなこといいな、出来たらいいな、あんな夢こんな夢いっぱいあるけど」というのはなかなか素敵な歌詞で、年齢を重ねてくると素直にあれもこれもやりたいなと思いを巡らすことさえしなくなるものです。
現実の世の中ではあれもこれもやりたいからやってみよう!と思ってもなかなかそうはいかないものです。
それ故に東大阪繊維研究所ではせっかく自分自身で何もかもを決めることが出来るのだし、まずは自分の欲しいと思う要素をいっぱい詰め込んだ夢の一枚のようなものを作るべきだと思って取り組んでいます。
そう思って他のいろんな身の回りのもののことを考えてみると、あれがこうなっていたら良いのにと思うものが他にもいっぱいあったりします。
例えば車です。私はスズキの軽自動車の運転し易さが好きなのでずっとスズキのアルトの系列車に乗り続けていますが、車体のデザインとしては昭和の旧車が好きで、初代カローラレビンとか初代の日産サニーとかダットサンサニーなんかの形が好きです。
だからもし自分が自動車メーカーで出世していたら中身はスズキの軽自動車で車体のデザインは旧車のボディのものを企画すると思います。
陶芸も好きなので以前は自分でも作ったりしていました。いつかは再び作陶を再開したいと思っていますが、設備も時間もいっぱい必要なので時々作りたい作品を妄想するくらいにとどめています。
日本には色んな窯場があってそれぞれの産地の特色があるので、各産地の技法で自分用のオリジナルの器を作ることを想像するのはなかなか楽しいのですが、自分がもし中学生くらいに戻って陶芸家を目指すとしたら迷わず九谷の作家を目指します。
明治以降ヨーロッパ向けの輸出品として一世を風靡したとされる古伊万里は実は古九谷が多く含まれているのでは?という説があります。
そもそも伊万里は輸出向けの荷物が船積みされた港のことで作地は有田や波佐見が中心だったわけですが、その輸出の荷物の中に同じく多色絵付けの九谷が多く混ざっていたのではないかといわれています。当時値段が高騰しつつあった有田焼きに対して比較的安価に手に入った九谷を伊万里と謳って高値で輸出していたとか。。。
確かに当時の九谷の芸術性は素晴らしく、当時ならではの奔放な画風が今見ても斬新に思えます。
この九谷の技法で自分がデザインした絵柄の器を作れたら良いだろうなと思って時々絵柄の想像をしてちょこっとスケッチしたりしてみますが、こればかりは何年も修行を重ねないと出来ないのでいつの日か腕利きの職人さんとお近づきになれたらお願いしてみたいかなと思っています。
他にもよく想像するのはあのギタリストとあのドラマーとあのベーシストを一緒のバンドにして。。。というような架空のバンドです。
クリス・ロビンソン(元ブラック・クロウズ)を中期のAC/DCに入れてみたいとか、セパルチュラのバックでジョンブッシュが歌うとカッコよさそうとか。ミスチルのギタリストをジョーペリーにしてみたいとか。。。
他にもお金があったら住みたい家とか、自分がお店をやるならこんなのがいいとか、紡績工場を始めるとしたらどんな設備を入れるかといった宝くじが当たったら的な妄想もしますし、ドラゴンズの補強やチーム編成についても考えたりします。
こうやって身の回りのものや世の中のことなんかを自分の理想にあわせてアレンジできたらこんなに楽しいことは無いなと思います。
もちろん採算性やロットの問題もあるのですが、せっかく自分で色々と決断できるブランド始めたのだから「もし作るならこうやって見たい」と思っていた理想をどんどん詰め込みながら、夢の一枚を追求していきたいと思ってます。