久しぶりに糸作りのお話です。
糸の仕上げ巻きで使用するワックスについて。
セーターもTシャツもニット製品なので糸を編んで作ります。
工業用編み機の編み針は金属で作られていて、糸は何百本という金属の針に引っ張られたり擦れたりしながら編まれていきます。
この編み立ての際にとても重要なのが糸の表面の摩擦係数です。
糸の表面の滑りが悪いと編み立ての問題が起きやすく、製品に乱寸が出やすくなったり編み傷が出たりします。
この問題を防ぐため糸の仕上げ巻き工程で表面に蝋を付着させる「蝋引き(ワクシング)」という加工を施します。
蝋引きの仕組みはとても簡単で、糸の仕上げ巻き機の糸道に蝋を置いて巻くだけです。
写真のような直径4cm程度のドーナツ型の蝋がコロコロと回転しながら糸に触れることで、糸の表面が蝋でコーティングされて滑りがよくなり編み立てがスムーズになります。
とても簡単な方法。
しかしこれが実に重要でかつ奥深い。
世の中によくある「簡単なことほど奥が深い」の典型的な例だと思います。
どんな硬さの蝋をどのくらいの加重をかけて糸に乗せれば最も効果的か、
気温が高いときの蝋と真冬の蝋の違い、
蝋を乗せる糸巻き器の回転速度や糸にかかるテンションの調整、
その他上手に蝋引きするために必要な要素は沢山あります。
これらを上手く調整することで、糸の仕上がりに格段に差が生まれ、編み立てるニットメーカーさんの作業効率も格段に向上するわけです。
当社のリネン糸はとくに糸が硬いので、この蝋引きをしないとプレーンな天竺編みの組織でもほとんど編めません。
ところが上手に蝋引きすると、強いテンションがかかるようなレースの柄編みなども編めてしまいます。
いかに上質な一等亜麻のリネンであっても、どれだけ綺麗に染色しても、どれだけ撚糸バランスを正確に合わせても、蝋引きがきっちりとなされていなければ編み立てが出来ず、時には不良品扱いにさえなってしまうのです。
当社ではこれまでも蝋についてはメーカーさんに色々と相談して出来るだけ質の良いものを手に入れるようにしてきました。
けれども、自社の糸品質を向上するにはさらに深い知識と幅広いデータが必要だと考え、先日からワックスメーカーさんに赴き様々な試作とテストを行っています。
目指すところの究極は「どんな柄でも編めるリネン」です。
しかし、まずは「天竺柄であればどんな色でもいつの季節でも問題なく編めるリネン」を課題にして取り組みたいと思っています。
たとえば蝋が糸に対して何パーセント付着しているのが望ましいか。(この問いに即答できる糸屋さんはほとんどいないと思われます。)
蝋のメーカーさんにその問いかけをすると、それがウールの場合はコットンの場合はといろんなケースを実測のデータとともに教えてくれます。
蝋の硬さについても様々で、柔らかい蝋が効果的なのはどんな状況かとか、どのくらい蝋を付けすぎると糸が逆に編みにくくなるとか。
分かっているようで実はちゃんと理解していなかったことを、改めて色々と教えてもらいながら進めています。
新しい知識を得ることはいつも楽しくてワクワクしますし、その結果自社商品の品質も向上するなんて、こんなに有難いことはないですね(笑)。
ちなみに、繊維月評社の「ニットの実用知識-ヨコ編みニットの物づくり手法-」という本がありまして、これはヨコ編みセーター製造に関する実用的でとても重要な知識が記されている良書です。
この本の中でも蝋引きのもたらす効果とその重要性について数値データとともに解説がなされていますので、ご興味のある方は一度読まれてみてはいかがかと思います。